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居城の一室

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Light and Night・3

「な…なんだ、って…?」

 雪も解けた3月の終わり頃。
 終業式から帰宅したオレは、義母さんに呼び出され親父の書斎に通された。そこには、滅多に帰ってくることもない親父が厳つい表情で待っていた。
 その父の口から出た言葉に、オレは部屋の入り口で立ちすくみ凍りついた。


「婚約って…そんな話、聞いてねぇよ!!」
「ずっと昔から決めてはいたことだ。お前が高校を卒業したら籍を入れることになっている。
 明日、先方へご挨拶に行くぞ」
「勝手にオレの人生決めてんじゃねぇ!!オレ自身の意思は無視かよ!」
「明良。そういう乱暴な言葉遣いはやめろといつも言っているだろう」
「話聞けよクソ親父!!」

 親父に詰め寄るオレに、傍らで見守る義母さんが怯えたのが視界の端に見えた。
 しかし、当の親父は頑固な表情を1mmも変えることはなかった。

「これがお前のためなんだ、明良」
「なにがオレのためだ!娘のことなんて、いいとこの家に嫁げばそれでいいとしか考えてないくせに!!」
「そうだ。それがお前のためで、家のためになる」
「ふざけんな!!」

 オレは固く握り締めた拳を親父に振る…おうとして、やめた。
 今のオレが感情に任せて本気で殴ったりしたら、打撲程度ではすまないからだ。

「…わかっているようだな。お前の中にある力のことを」
「――っ!?」

 親父の言葉に、オレははっと息を呑む。

「な、なんで、知って…!?」

 が、親父は答えることなく勝手に話を続ける。

「古来、静月家はもっとも剣に優れた者が跡を継ぐものだった。優秀な剣士の血を残すために。
 だが、現代においてそれは通用するものではなし、そもそも家を継ぐのは男と決まっている。
 第一、この時代に剣など無用。ましてや、女が剣を振るうなど言語道断。
 女は黙って男に付き従い、子を育んでいればそれでいいんだ。
 だから、そんな力は捨てるんだ。お前には不要なものだ」
「勝手なこと言うんじゃねぇ!!」

 感情に任せ、だんっと目の前の机に拳をたたきつける。それを見た義母さんがきゃあと悲鳴を上げた。
 まぁ、当然だろう。小柄な中学生の義娘が、立派な机の上板を真っ二つに叩き割ったんだから。
 しかしそれでも固い表情を変えない親父にオレはさらに詰め寄った。

「不要なんかじゃねぇ!この力はオレと紗夜の命を助けたんだ!!
 この力がなかったら、オレたちは去年の夏に死んでたんだぞ!!」

 怒鳴り散らすオレに、しかし親父は微塵も驚く様子もなく口を開く。

「あぁ、知っている。紗夜本人から聞いたからな」
「!?」

 目を丸くしたのはオレの方だった。
 確かに、オレが魔剣士になったことを知っているのは紗夜と理沙ねーさんの家族だけだ。でも…

「魔剣の力のことは忘れるんだ。そうすれば、お前も平穏な人生を送ることが…」

 続く親父の説教は、呆然と立ち尽くすオレの耳には入らなかった。

 ――紗夜は、オレを裏切ったのか?





 親父から解放されたあと、オレは紗夜の部屋へと向かった。
 戸を開ければ、紗夜はこちらから背を向け、机に向かって勉強か何かをしているようだった。

「紗夜…」
「……なんだ、姉さん」

 声をかけるオレに、しかし紗夜はこちらに背を向けたまま答えた。

「親父が、オレの力のことを知ってた。…紗夜から聞いたって、言ってた」
「……あぁ、そうだ。私が父さんに話したのだ」

 紗夜の口から出た肯定の言葉。認めてほしくなかったことを認められ、胸の奥からふつふつと煮えたぎるものを感じた。

「なんでだよ…。このことは秘密にするって約束しただろ!?」
「…姉さんのためだと思ったのだ。そのような危険な力は無くしたほうが姉さんのためだ。
 姉さんは隠していたつもりなのだろうが、姉さんが理沙姉さんのところに通って腕を磨いていることを私は知っていたぞ」

 ぐ、とオレは言葉を詰まらせた。紗夜に黙って理沙ねーさんに稽古をつけてもらっていたのは本当だからだ。

「で、でも、それは魔剣士の力を正しく使うためで…!」
「何が正しくだ!姉さんは力にうぬぼれているだけだ。そんな力など必要ない!!」
「なんだと…!」

 振り返り、立ち上がって詰め寄る紗夜。同時にオレも彼女に一歩詰め寄った。

「オレが魔剣士にならなきゃ、お前はあのヘビ女に殺されてたんだぞ!
 なのになんだよその言い草は!
 お前はオレのおかげで今生きてるんだぞ!!」
「…それが、姉さんの本音か」

 かっとなって口にしてしまった言葉に、紗夜は冷たい言葉の直後オレの胸倉を掴みかかってきた。

「なんで、何で姉さんが覚醒して私はしないのだ!
 ずっと、ずっと一緒だったのに…。なぜ姉さんだけなのだ!!」
「……」

 震える声で訴えてくる紗夜に、オレは宥める言葉を探そうとした。
 が、その思いは一瞬で打ち砕かれてしまった。

「勉強だって剣道だって、私は姉さんに劣ったことなどなかったのに!!」
「――っ!?」

 怒りが沸騰するのは一瞬だった。

「紗夜、てめぇ…。オレのこと、そんな風に思ってたのか!!」

 確かに、勉強こそ真面目な紗夜には敵わなかったが、互角だと思っていた剣さえも妹に見下されていたなんて。オレの頭に血が上る。
 紗夜ははっと我に返った様子だったが、もう手遅れだった。

「いや、姉さ…」
「もう知らねぇ!やってられるかこんな家!!」

 止めようと伸ばしてくる紗夜の手を打ち払い、オレは通学カバンを掴んでそのまま家を飛び出していった。
 そのときのことはよく覚えていない。誰に会ったとか、声をかけられたかとか、どの道をどう駆け出したかさえも思い出せない。
 ただ、気が付いたらオレは誰もいない夜の公園で立ち尽くしていた。

「……着の身着のままで出てっちまったな」

 制服姿のままであることに気付き、オレは一人で苦笑した。
 公園のベンチに座り込み、通学カバンを開ける。
 学校から持ち帰った教科書、筆箱、友達から返してもらったマンガ…。
 …終業式だったし、大したものは持ってきていなかった。
 財布が入っていたのは幸いと言いたいが、所詮中学生の小遣いだ。大した額は入っていない。
 これからどうしようかと思った時、ふと筆箱から覗くカッターが目に留まった。

「……親父も、紗夜も、オレを認めてくれないなら…」

 オレはカッターを手に取り、刃を引き出す。刃は公園の照明に照らされ、鈍く光を反射する。オレは、その刃を自分の右の首筋に軽く当て――

「娘なんて、姉なんて……女なんてやめてやる!!」

 ざんっ

 オレは、一つにまとめていた髪を切り落とした。紗夜と対になるよう右に寄せて結っていた髪を。

「女だから危ない?女だから剣を振るうな?女だからおとなしく嫁に行け?
 女だから女だから女だから女だから女だから………もううんざりなんだよ!!」

 無人の公園で一人叫ぶ。胸の奥に溜まっていたものが目から零れ落ち、頬を濡らす。
 理沙ねーさんが言ってたとおりになっちまった。 オレ、ひとりぼっちだよ…。
 家を継ぐとか、どちらが優れているとか考えたことすらなかった。ただ、認めてもらいたかった。それだけなのに…。


『ウゥ…ゥ…』

 オレの嗚咽以外の声が耳に入り、オレは顔を上げた。うめき声は背後から聞こえた。
 オレは慌てて立ち上がり振り返る。そこには、木にもたれかかるように立っている、中年男がいた。
 肌は青白く、空ろな瞳には生気を感じられない――当然だ。死体に生気なんてない。
 これは、偽りの生を与えられた動く死体だ。

「なんだよオッサン…。オレは今虫の居所が悪ぃんだよ」

 生者のふりをする死体とわかっていても、泣いている姿を見られたと思うと恥ずかしくて腹立だしい。

「だから――」

 肌が――いや、肌の下がざわつくのを感じる。
 オレの声が耳に入っていないのか、動く死体はのっそりとした動きで近寄ってくる。オレはそれに向けて手をかざす。

「 消 え て 無 く な れ 」

 手の平に集まった光――オレの体内に棲む、淡い光を放つ蟲の群れが死体の身体を飲み込み、喰らう。
 白燐拡散弾。それが、オレに宿ったもう一つの力だ。
 死体は悲鳴も上げることもなく、オレの蟲に跡形もなく喰らい尽くされた。
 これで、目障りなものは消えてなくなった。そう思ったときだった。

「い、今のは…」
「――ッ!!」

 背を向けた向こう側、公園の入り口の方から聞こえた声に、オレは慌てて振り返る。
 公園の入り口に、スーツ姿の男がオレを見て立ちすくんでいるのが目に入った。

(やばっ、見られた…っ!)
「――待ちなさい!」

 とっさに逃げ出そうとするオレに声を上げる男。そんなこと言われても、待つわけが――

「待ちなさい!私は貴方の味方です!!」
「……は?」

 予想だにしなかった言葉を掛けられ、オレは思わず足を止めた。
 このスーツの男――銀誓館学園の『真実を知る数少ない教師』との出会いが、オレの「死と隣り合わせの青春」の始まりだった。
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極稀に変わる偽ステシ

岡・耶麻(さて私は何処でしょう)
(おか・やま)
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『結社枠が足りない。』
明ちゃんレイナ様春美さん他若干名の背後にある残留思念。詠唱銀の振り掛け禁止。チョコと猫と幼女とノマカプと我が子をこよなく愛する。銀雨用メッセあったりします。お手紙でどうぞ。

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