居城の一室
- (株)トミーウォーカー運営の商業PBWシルバーレインのPC静月・明良(b24511)、レイナ・クレイシャン(b25393)、中原・春美(b32109)の合同キャラブログです。
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Light and Night・2
ヘビ女に襲われた夜、オレは道着を羽織らせた紗夜を抱えて帰宅した。
傷だらけだった身体は不思議なことに、いつの間にか癒えていた。
だが、紗夜はそうはいかなかった。外傷はとくになかったものの、相当追い詰められていたのか著しく体力を消耗させていた。
オレたちの姿を見た義母さんは驚き、何があったのかと問い詰めてきた。
当然だ。2人共制服が破れ、オレに至ってはそこから血の跡がある。
オレは適当に言い訳して――それでも言いくるめるのは大変だったが本当のことは説明しづらい。あまりにも信憑性がなさすぎる話だ――困憊している紗夜を義母さんに託してオレは自室に篭った。
破けて血で汚れた制服から私服に着替えたオレは自分のベッドにごろんと寝転がった。
先ほどの悪夢のような体験の恐怖が抜け、いつもの日常の中に戻れたのだと実感するようになったとき、オレの胸に言いようのない高揚感があふれだしてくる。
オレは、『闇纏う剣士』になれたんだ。あの、幼い頃に憧れた昔話の。
いや、あれはただの御伽噺じゃなかったんだ。あれは本当にあった昔話で、オレはその剣士の末裔。
小さい頃からずっと憧れていた闇の剣士にオレはなれたんだ。
あまりにも非現実的なことだったし夢だったんじゃないかと思いそうだけど、昨日とは違う、溢れんばかりの力がこの身体から感じられるのが確かな証拠だ。
「オレが…オレが、伝説の剣士…」
思わず笑いがこみ上げてくる。幼い頃夢見たヒーロー、それになれただなんて。
いても経ってもいられなくなったオレは、起き上がって部屋を出る。その足で居間へと急ぎ、電話の子機を手にすると番号を入れながら自室へと戻った。かけた先は、理沙ねーさんのところ。
オレは、今日あった非常識な出来事を――オレが力を得たことを誰かに話したくて仕方がなかった。
だが、こんな話をしたところで誰も聞いてくれないどころか、思春期特有の妄想癖に陥ったかと思われるのがオチだ。
でも、理沙ねーさんなら、源蔵さんなら、信じてもらえなくても話くらいは聞いてくれるはずだ。
オレは電話のコール音を聞きながら、誰かが出るのを今か今かと待った。
プルルルル、プルルルル、プルルッ
『…はい、もしもし』
電話に出たのは、理沙ねーさんだった。
「もしもしねーさん?オレオレ、オレだよ!」
『あぁ?ウチで俺とか言うやつはリビングで娘にデレてるけど?
…なんてな。どうしたんだ?明良』
軽く茶化しながらも、理沙ねーさんは声でオレだと理解してくれた。
オレは興奮が醒めないままに、今日あった出来事を理沙ねーさんにまくしたてた。
化け物に襲われて命が危なかったこと、助けに来た紗夜に危険が及んだ時『闇纏う剣士』のような力に目覚めて化け物を打ち倒したこと。
…まぁ、どう「襲われた」かは流石に恥ずかしくて具体的にはいえなかったけど。
「信じられねーような話だけど…本当になれたんだ、『闇纏う剣士』に!!」
『……明良、悪ぃ。ちょっといいか?』
返ってきた理沙ねーさんの口調は、重く真剣なものだった。
「…やっぱ、信じてもらえないかな?」
『いや、そうじゃねぇ。俺はお前の言うことは本当だと思っている。
だがな…。……そうだな。明良、お前ちょっと明日うちに来い』
「……?うん、いいけど…。どうしたんだねーさん」
『詳しくは明日話す。…それと、この件については他言するんじゃねーぞ。紗夜にもそう伝えておけ』
「言われなくても、こんな漫画みたいな話誰にも言わねーって。オレそこまで馬鹿じゃねぇよ」
『いいか、絶対だぞ。…それじゃ、明日。待ってるぜ』
「ん、おやすみねーさん」
プツッ
電話を切り、オレは布団に横になった。
ねーさんがオレの話を信じてくれた。オレはその事が無性に嬉しかった。
いくら信頼できるねーさんとはいえ、正直こんな話を信じてくれる自信なんてなかった。
嬉しさで胸がいっぱいになり、オレはそのまま目を閉じた。夕飯はまだだったけど、今は疲れを取りたかった。
(…そういや、ねーさん何か言いたそうだったけど…なんだったんだろ)
電話の会話を思い出し、オレはふと思った。
だが、それを考える前にオレの意識は深い眠りの中へと落ちていった。
「そうか…。やっぱり、力に目覚めたのはお前だけか。明良」
翌日、オレから詳しい話を聞いた理沙ねーさんの表情は暗く沈んでいた。
「…ねーさん、なんでそんな顔すんだよ。…オレ、何かまずいことでもしたのか?」
不機嫌そうに――そう見せないようにしてたつもりだけど、そう見られた気がした――尋ねるオレに、理沙ねーさんは苦笑して首を横に振った。
「いや、そうじゃねーよ。お前がやったこと自体は間違っちゃいねぇ。そうしなきゃ、お前も紗夜も殺されていたんだ。
…だけどな、お前が目覚めたその“力”そのものが問題なんだ」
理沙ねーさんはまっすぐ真剣な眼差しでオレの目を見つめ、口を開いた。
「率直に言う。お前の力は危険だ。できることなら、もう二度と使ったりするな」
「!!」
ねーさんの言葉に、オレは言いようのない絶望感を覚えた。
理沙ねーさんなら、喜ぶとまではいかなくても拒絶したりしないと思っていたのに。
「なんで…なんでだよ!?なんでねーさんがそんなこと言うんだよ!だって、オレは…!」
「いいから話を聞け!!」
ねーさんの気迫に圧され、オレは口をつぐんだ。下手な言い訳などするべきではない雰囲気をねーさんから感じ取ったからだ。
「…なぁ。お前、ジェラルドのことは知ってるよな?」
「ジェラルドおじさん…?あ、あぁ…知ってるけど」
ジェラルドおじさんとは、理沙ねーさんの旦那のことだ。
長い金の髪に青の瞳の英国人で、年齢を感じさせない風貌なのだが…たしか、年齢は40過ぎくらいだったか。知識が豊富で日本語も達者なため、英語が常に赤点ギリギリのオレでも彼と会話するのに不自由したことはない。
だが、なんというか…常に自信満々で我が強く、オマケに人を食ったような性格で、オレも時々からかわれて遊ばれたりするので個人的には苦手な人物だ。
「あいつはあんな奴だからな、夫婦喧嘩も絶えねーんだが…。
………他の誰かに見せるつもりはなかったんだが、お前になら…いや、お前には見てもらいたんだ」
そう言って、理沙ねーさんはおもむろに自分の上着に手をかけては脱ぎ始めた。
「え…っ、ちょ、ねーさんっ!?」
「目を逸らすな、ちゃんとこっちを見ろ」
従姉の突然のストリップに驚き、慌てて目を逸らすオレに、ねーさんは冷静な声でそれを諌める。
おそるおそるねーさんの方を見たオレは、はっと息を呑んだ。
「これが、うちの夫婦喧嘩の痕だよ」
そういって苦笑する理沙ねーさんが見せた上半身は、火傷と傷跡と痣でいっぱいだった。
お互い気が強い夫婦だから喧嘩も派手だろうとは思ってはいたけど、だからってここまで…!?
「そ…それって…、全部ジェラルドおじさんがやったのか?」
「…コレを知ってるのは、今見たお前とジェラルド本人だけだよ」
驚き戸惑うオレに、理沙ねーさんは平然と答える。
だって、そりゃあ確かにジェラルドおじさんは性格歪んでいて自己中だけど、仮にも自分の奥さんにこんな仕打ちをするほどの外道い人間ではない……そのはずなんだ。
目を丸くするオレを横目に、服を羽織り、ボタンを留めながら理沙ねーさんは続ける。
「…あいつの実家はな、貴族の血統らしいんだが、同時に魔法使いの末裔らしいんだ」
「魔法、使い…?」
「話だけ聞くと胡散臭いだろ?」
胸のボタンを留め終わり、理沙ねーさんはくすりと笑った。が、それも一瞬だけだった。
「でも、あいつは本当に魔法を使うことができる。
お前が本当に魔剣士になったように」
ねーさんの視線がまっすぐオレを射抜く。思わずオレは身を強張らせる。
「別に、一族みんなが魔法使いってわけじゃないらしいし、本人いわく不完全な力しかもってないらしい。
…だがな、あいつの一族――クレイシャン家に生まれた魔法使いは“悪魔憑き”と呼ばれて……最悪、一族に殺されて存在を抹消されるそうだ」
「!?」
ねーさんの話にオレは背筋が凍った。遠い異国の話でも、今のオレには他人事ではない。
「そうビビるなよ。 静月家にはそんなしきたりはねーし、例え仮にあったとしても俺はお前を殺したりはしない。
…でもな、クレイシャン家には過去数百年の中で魔術の力に目覚めた人間は実際に何人か存在していたし、その魔法使いたちは皆、悪魔に憑かれたかのように破壊行為や大量虐殺を犯してきた…と聞かされた。
一族の名であるクレイシャンも、クレイジーマジシャン――イカれた魔術師から来ているそうだ。
そして、ジェラルド自身にも…そんな兆候が見られるんだ」
「まさか、それがさっきの…」
言いかけたオレの言葉に、理沙ねーさんは黙って頷いた。
「…あいつは、殺されこそしなかったものの、実家じゃ相当苦しい思いをして過ごしてきたみたいだ。
時々、喧嘩するとこう言い出すことがあるんだ。
――『俺には力があるから、力のないお前らは俺を恐れて迫害する。俺より劣る存在の癖に』…ってな」
「…あの、ジェラルドおじさんが…」
意外だった。見かけるときはいつも傲慢なまでに自信に満ちた不敵な笑みを浮かべているジェラルドおじさんが、そんな卑屈なことを口にするなんて。
「そうなったらもう腕ずくじゃどうにもできねぇよ。殴るわ、抉れるほどに爪を立てるわ、魔法で電撃を食らわされたことも一度や二度じゃなかった。
他にも、縄……いや、これはさすがにお前には早すぎるか」
眉をひそめるねーさんを見てオレは一瞬意味がわからなかったが、ほんのりと染まるねーさんの頬を見て、なんとなくどういうことなのか察してしまった。恥ずかしくなったオレは視線を窓の外にそらした。耳まで赤くなったのが自分でもわかる。
「……でも、こうしてオレがまだ殺されてないあたり、まだ正気は残ってるんだろうな。
…でも、それもいつまで持つか……」
「――ねーさん!!」
何気なくもらした理沙ねーさんの呟きに、オレは戒めるように――いや、怯えるように――声を張り上げた。
理沙ねーさんは肩を潜め、オレへ済まなさそうに苦笑を浮かべた。
「…悪ぃ、笑えない冗談だったな。
もちろん殺されるつもりなんてさらさらねーし、身体を張ってでもあいつの狂気を抑えてやるのが俺の役目だと思っている。
……それに、レイナが生まれてからはこういうこともかなり減ったしな」
「あぁ…。おじさん、レイナにはべったりだもんな…」
ねーさんの言葉にオレは思わず苦笑を漏らす。ジェラルドおじさんの一人娘にたいする溺愛っぷりはオレもよく知るところだ。
だが、理沙ねーさんの表情は冴えなかった。
「…正直、俺はそれが余計心配なんだよ」
「え?」
重度の親馬鹿以外特に問題もなさそうな話に、オレは首をかしげた。
「レイナも…魔法使いの素質を持って産まれてきたんだ。
それも、父親を大きく上回る、本物の素質を産まれながらに…な」
「!?」
窓の向こうから、小さい女の子の楽しそうな声が聞こえる。
外には、まだ小学校にも上がる前くらいの年頃の、異国の血を濃く受け継いだ少女が金の巻き毛を揺らしながら兄を追いかけていた。
特徴的な外見に父親譲りの生意気そうな雰囲気はあるけれど、楽しそうに笑う姿は何も変わらない、いたって普通の子供だ。
そんな彼女が、恐るべき力を秘めた魔術師だと、一体誰が信じるだろうか?
同じ様に窓の外を見つめる理沙ねーさんの慈しむ視線には、どこか悲しげなものがあるように見えた。
「あいつ、兆候のなかった息子にはそんなことはなかったのに、レイナに対してはあんなに溺愛して…。
…明良。俺は、ひょっとしたらジェラルドは自分の娘を唯一の同族だと思ってるんじゃないかと思うんだ。世界で唯一の仲間だと。
……俺は怖いんだ。ジェラルドがレイナにしか心を開かなくなることも、レイナもジェラルドと同じ事になることも。
自分が殺されるかもしれないという恐怖よりも、ずっと恐ろしいんだ…」
「……」
理沙ねーさんの沈んだ表情に、オレは何も言えなかった。
愛する旦那や子供が心を開かず、自分たちだけの世界に引きこもられるなんてどんな気分だろうか…。
「…悪ぃな、話が逸れた。
不完全でさえこれだけの威力があるんだ。完全な力だったら、たとえ丸腰でもその気になれば……人くらい、軽く殺せるだろうな」
「……!」
「同時に、それだけの強い力を持っていれば他者から疎外されることもあるかもしれない。クレイシャンの魔術師のように」
ねーさんの言葉に、背筋が凍った。
「なんか…怖くなってきた、オレ…」
「…正直な、明良。俺はお前だけ目覚めたのが気にかかってたんだ」
「?」
首をかしげるオレに、理沙ねーさんは切れ長の目を細める。
「魔剣士に憧れていたのはお前だけじゃない。解るだろ?明良」
「あ…」
言われてようやく気付いた。頭によぎった片割れの顔。
「紗夜…」
「そういうことだ。自分は力に目覚めなかったことも、自分の姉妹が異能の力に目覚めたと言うことも、紗夜は簡単には受け入れられないだろう。そして、お前のことを今までと同じ目で見ることはできないと思う。
…あいつのそういう気持ちも、わかってやってくれ」
ねーさんの言葉に、オレは頷いた。
「…うん、わかったよねーさん。
……オレ、ねーさんに説教されなかったら、危うく紗夜を傷つけてたかもしれない」
「わかってくれたようで俺も安心したよ。
お前も、昨夜みたいな事件に巻き込まれたりしない限り、その力は絶対に使うなよ。
その代わり、正しい力の引き出し方を教えてやる。形だけなら俺も若いころ覚えたからな」
「ありがとう、ねーさん。」
苦笑混じりの笑みを浮かべる理沙ねーさん。その笑みに、彼女もまた魔剣士に憧れていた一人だったんだなと感じ取った。
それからオレは、これまでと変わらない調子で紗夜と接していった。
紗夜も何も変化のない様子でオレと接してくれていた。
心配なんて全然必要ないと、オレは本気で思っていた。何も変わることはないと。
でも、それはいつも一緒だと思っていた紗夜がどんどん離れていったことに、オレが気付いていなかっただけだったんだ。
それをようやく理解したのは、中2の終わりの春だった。
先ほどの悪夢のような体験の恐怖が抜け、いつもの日常の中に戻れたのだと実感するようになったとき、オレの胸に言いようのない高揚感があふれだしてくる。
オレは、『闇纏う剣士』になれたんだ。あの、幼い頃に憧れた昔話の。
いや、あれはただの御伽噺じゃなかったんだ。あれは本当にあった昔話で、オレはその剣士の末裔。
小さい頃からずっと憧れていた闇の剣士にオレはなれたんだ。
あまりにも非現実的なことだったし夢だったんじゃないかと思いそうだけど、昨日とは違う、溢れんばかりの力がこの身体から感じられるのが確かな証拠だ。
「オレが…オレが、伝説の剣士…」
思わず笑いがこみ上げてくる。幼い頃夢見たヒーロー、それになれただなんて。
いても経ってもいられなくなったオレは、起き上がって部屋を出る。その足で居間へと急ぎ、電話の子機を手にすると番号を入れながら自室へと戻った。かけた先は、理沙ねーさんのところ。
オレは、今日あった非常識な出来事を――オレが力を得たことを誰かに話したくて仕方がなかった。
だが、こんな話をしたところで誰も聞いてくれないどころか、思春期特有の妄想癖に陥ったかと思われるのがオチだ。
でも、理沙ねーさんなら、源蔵さんなら、信じてもらえなくても話くらいは聞いてくれるはずだ。
オレは電話のコール音を聞きながら、誰かが出るのを今か今かと待った。
プルルルル、プルルルル、プルルッ
『…はい、もしもし』
電話に出たのは、理沙ねーさんだった。
「もしもしねーさん?オレオレ、オレだよ!」
『あぁ?ウチで俺とか言うやつはリビングで娘にデレてるけど?
…なんてな。どうしたんだ?明良』
軽く茶化しながらも、理沙ねーさんは声でオレだと理解してくれた。
オレは興奮が醒めないままに、今日あった出来事を理沙ねーさんにまくしたてた。
化け物に襲われて命が危なかったこと、助けに来た紗夜に危険が及んだ時『闇纏う剣士』のような力に目覚めて化け物を打ち倒したこと。
…まぁ、どう「襲われた」かは流石に恥ずかしくて具体的にはいえなかったけど。
「信じられねーような話だけど…本当になれたんだ、『闇纏う剣士』に!!」
『……明良、悪ぃ。ちょっといいか?』
返ってきた理沙ねーさんの口調は、重く真剣なものだった。
「…やっぱ、信じてもらえないかな?」
『いや、そうじゃねぇ。俺はお前の言うことは本当だと思っている。
だがな…。……そうだな。明良、お前ちょっと明日うちに来い』
「……?うん、いいけど…。どうしたんだねーさん」
『詳しくは明日話す。…それと、この件については他言するんじゃねーぞ。紗夜にもそう伝えておけ』
「言われなくても、こんな漫画みたいな話誰にも言わねーって。オレそこまで馬鹿じゃねぇよ」
『いいか、絶対だぞ。…それじゃ、明日。待ってるぜ』
「ん、おやすみねーさん」
プツッ
電話を切り、オレは布団に横になった。
ねーさんがオレの話を信じてくれた。オレはその事が無性に嬉しかった。
いくら信頼できるねーさんとはいえ、正直こんな話を信じてくれる自信なんてなかった。
嬉しさで胸がいっぱいになり、オレはそのまま目を閉じた。夕飯はまだだったけど、今は疲れを取りたかった。
(…そういや、ねーさん何か言いたそうだったけど…なんだったんだろ)
電話の会話を思い出し、オレはふと思った。
だが、それを考える前にオレの意識は深い眠りの中へと落ちていった。
「そうか…。やっぱり、力に目覚めたのはお前だけか。明良」
翌日、オレから詳しい話を聞いた理沙ねーさんの表情は暗く沈んでいた。
「…ねーさん、なんでそんな顔すんだよ。…オレ、何かまずいことでもしたのか?」
不機嫌そうに――そう見せないようにしてたつもりだけど、そう見られた気がした――尋ねるオレに、理沙ねーさんは苦笑して首を横に振った。
「いや、そうじゃねーよ。お前がやったこと自体は間違っちゃいねぇ。そうしなきゃ、お前も紗夜も殺されていたんだ。
…だけどな、お前が目覚めたその“力”そのものが問題なんだ」
理沙ねーさんはまっすぐ真剣な眼差しでオレの目を見つめ、口を開いた。
「率直に言う。お前の力は危険だ。できることなら、もう二度と使ったりするな」
「!!」
ねーさんの言葉に、オレは言いようのない絶望感を覚えた。
理沙ねーさんなら、喜ぶとまではいかなくても拒絶したりしないと思っていたのに。
「なんで…なんでだよ!?なんでねーさんがそんなこと言うんだよ!だって、オレは…!」
「いいから話を聞け!!」
ねーさんの気迫に圧され、オレは口をつぐんだ。下手な言い訳などするべきではない雰囲気をねーさんから感じ取ったからだ。
「…なぁ。お前、ジェラルドのことは知ってるよな?」
「ジェラルドおじさん…?あ、あぁ…知ってるけど」
ジェラルドおじさんとは、理沙ねーさんの旦那のことだ。
長い金の髪に青の瞳の英国人で、年齢を感じさせない風貌なのだが…たしか、年齢は40過ぎくらいだったか。知識が豊富で日本語も達者なため、英語が常に赤点ギリギリのオレでも彼と会話するのに不自由したことはない。
だが、なんというか…常に自信満々で我が強く、オマケに人を食ったような性格で、オレも時々からかわれて遊ばれたりするので個人的には苦手な人物だ。
「あいつはあんな奴だからな、夫婦喧嘩も絶えねーんだが…。
………他の誰かに見せるつもりはなかったんだが、お前になら…いや、お前には見てもらいたんだ」
そう言って、理沙ねーさんはおもむろに自分の上着に手をかけては脱ぎ始めた。
「え…っ、ちょ、ねーさんっ!?」
「目を逸らすな、ちゃんとこっちを見ろ」
従姉の突然のストリップに驚き、慌てて目を逸らすオレに、ねーさんは冷静な声でそれを諌める。
おそるおそるねーさんの方を見たオレは、はっと息を呑んだ。
「これが、うちの夫婦喧嘩の痕だよ」
そういって苦笑する理沙ねーさんが見せた上半身は、火傷と傷跡と痣でいっぱいだった。
お互い気が強い夫婦だから喧嘩も派手だろうとは思ってはいたけど、だからってここまで…!?
「そ…それって…、全部ジェラルドおじさんがやったのか?」
「…コレを知ってるのは、今見たお前とジェラルド本人だけだよ」
驚き戸惑うオレに、理沙ねーさんは平然と答える。
だって、そりゃあ確かにジェラルドおじさんは性格歪んでいて自己中だけど、仮にも自分の奥さんにこんな仕打ちをするほどの外道い人間ではない……そのはずなんだ。
目を丸くするオレを横目に、服を羽織り、ボタンを留めながら理沙ねーさんは続ける。
「…あいつの実家はな、貴族の血統らしいんだが、同時に魔法使いの末裔らしいんだ」
「魔法、使い…?」
「話だけ聞くと胡散臭いだろ?」
胸のボタンを留め終わり、理沙ねーさんはくすりと笑った。が、それも一瞬だけだった。
「でも、あいつは本当に魔法を使うことができる。
お前が本当に魔剣士になったように」
ねーさんの視線がまっすぐオレを射抜く。思わずオレは身を強張らせる。
「別に、一族みんなが魔法使いってわけじゃないらしいし、本人いわく不完全な力しかもってないらしい。
…だがな、あいつの一族――クレイシャン家に生まれた魔法使いは“悪魔憑き”と呼ばれて……最悪、一族に殺されて存在を抹消されるそうだ」
「!?」
ねーさんの話にオレは背筋が凍った。遠い異国の話でも、今のオレには他人事ではない。
「そうビビるなよ。
…でもな、クレイシャン家には過去数百年の中で魔術の力に目覚めた人間は実際に何人か存在していたし、その魔法使いたちは皆、悪魔に憑かれたかのように破壊行為や大量虐殺を犯してきた…と聞かされた。
一族の名であるクレイシャンも、クレイジーマジシャン――イカれた魔術師から来ているそうだ。
そして、ジェラルド自身にも…そんな兆候が見られるんだ」
「まさか、それがさっきの…」
言いかけたオレの言葉に、理沙ねーさんは黙って頷いた。
「…あいつは、殺されこそしなかったものの、実家じゃ相当苦しい思いをして過ごしてきたみたいだ。
時々、喧嘩するとこう言い出すことがあるんだ。
――『俺には力があるから、力のないお前らは俺を恐れて迫害する。俺より劣る存在の癖に』…ってな」
「…あの、ジェラルドおじさんが…」
意外だった。見かけるときはいつも傲慢なまでに自信に満ちた不敵な笑みを浮かべているジェラルドおじさんが、そんな卑屈なことを口にするなんて。
「そうなったらもう腕ずくじゃどうにもできねぇよ。殴るわ、抉れるほどに爪を立てるわ、魔法で電撃を食らわされたことも一度や二度じゃなかった。
他にも、縄……いや、これはさすがにお前には早すぎるか」
眉をひそめるねーさんを見てオレは一瞬意味がわからなかったが、ほんのりと染まるねーさんの頬を見て、なんとなくどういうことなのか察してしまった。恥ずかしくなったオレは視線を窓の外にそらした。耳まで赤くなったのが自分でもわかる。
「……でも、こうしてオレがまだ殺されてないあたり、まだ正気は残ってるんだろうな。
…でも、それもいつまで持つか……」
「――ねーさん!!」
何気なくもらした理沙ねーさんの呟きに、オレは戒めるように――いや、怯えるように――声を張り上げた。
理沙ねーさんは肩を潜め、オレへ済まなさそうに苦笑を浮かべた。
「…悪ぃ、笑えない冗談だったな。
もちろん殺されるつもりなんてさらさらねーし、身体を張ってでもあいつの狂気を抑えてやるのが俺の役目だと思っている。
……それに、レイナが生まれてからはこういうこともかなり減ったしな」
「あぁ…。おじさん、レイナにはべったりだもんな…」
ねーさんの言葉にオレは思わず苦笑を漏らす。ジェラルドおじさんの一人娘にたいする溺愛っぷりはオレもよく知るところだ。
だが、理沙ねーさんの表情は冴えなかった。
「…正直、俺はそれが余計心配なんだよ」
「え?」
重度の親馬鹿以外特に問題もなさそうな話に、オレは首をかしげた。
「レイナも…魔法使いの素質を持って産まれてきたんだ。
それも、父親を大きく上回る、本物の素質を産まれながらに…な」
「!?」
窓の向こうから、小さい女の子の楽しそうな声が聞こえる。
外には、まだ小学校にも上がる前くらいの年頃の、異国の血を濃く受け継いだ少女が金の巻き毛を揺らしながら兄を追いかけていた。
特徴的な外見に父親譲りの生意気そうな雰囲気はあるけれど、楽しそうに笑う姿は何も変わらない、いたって普通の子供だ。
そんな彼女が、恐るべき力を秘めた魔術師だと、一体誰が信じるだろうか?
同じ様に窓の外を見つめる理沙ねーさんの慈しむ視線には、どこか悲しげなものがあるように見えた。
「あいつ、兆候のなかった息子にはそんなことはなかったのに、レイナに対してはあんなに溺愛して…。
…明良。俺は、ひょっとしたらジェラルドは自分の娘を唯一の同族だと思ってるんじゃないかと思うんだ。世界で唯一の仲間だと。
……俺は怖いんだ。ジェラルドがレイナにしか心を開かなくなることも、レイナもジェラルドと同じ事になることも。
自分が殺されるかもしれないという恐怖よりも、ずっと恐ろしいんだ…」
「……」
理沙ねーさんの沈んだ表情に、オレは何も言えなかった。
愛する旦那や子供が心を開かず、自分たちだけの世界に引きこもられるなんてどんな気分だろうか…。
「…悪ぃな、話が逸れた。
不完全でさえこれだけの威力があるんだ。完全な力だったら、たとえ丸腰でもその気になれば……人くらい、軽く殺せるだろうな」
「……!」
「同時に、それだけの強い力を持っていれば他者から疎外されることもあるかもしれない。クレイシャンの魔術師のように」
ねーさんの言葉に、背筋が凍った。
「なんか…怖くなってきた、オレ…」
「…正直な、明良。俺はお前だけ目覚めたのが気にかかってたんだ」
「?」
首をかしげるオレに、理沙ねーさんは切れ長の目を細める。
「魔剣士に憧れていたのはお前だけじゃない。解るだろ?明良」
「あ…」
言われてようやく気付いた。頭によぎった片割れの顔。
「紗夜…」
「そういうことだ。自分は力に目覚めなかったことも、自分の姉妹が異能の力に目覚めたと言うことも、紗夜は簡単には受け入れられないだろう。そして、お前のことを今までと同じ目で見ることはできないと思う。
…あいつのそういう気持ちも、わかってやってくれ」
ねーさんの言葉に、オレは頷いた。
「…うん、わかったよねーさん。
……オレ、ねーさんに説教されなかったら、危うく紗夜を傷つけてたかもしれない」
「わかってくれたようで俺も安心したよ。
お前も、昨夜みたいな事件に巻き込まれたりしない限り、その力は絶対に使うなよ。
その代わり、正しい力の引き出し方を教えてやる。形だけなら俺も若いころ覚えたからな」
「ありがとう、ねーさん。」
苦笑混じりの笑みを浮かべる理沙ねーさん。その笑みに、彼女もまた魔剣士に憧れていた一人だったんだなと感じ取った。
それからオレは、これまでと変わらない調子で紗夜と接していった。
紗夜も何も変化のない様子でオレと接してくれていた。
心配なんて全然必要ないと、オレは本気で思っていた。何も変わることはないと。
でも、それはいつも一緒だと思っていた紗夜がどんどん離れていったことに、オレが気付いていなかっただけだったんだ。
それをようやく理解したのは、中2の終わりの春だった。
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自己紹介:
極稀に変わる偽ステシ
岡・耶麻(さて私は何処でしょう)
(おか・やま)
運命予報(できない)士
『結社枠が足りない。』
明ちゃんレイナ様春美さん他若干名の背後にある残留思念。詠唱銀の振り掛け禁止。チョコと猫と幼女とノマカプと我が子をこよなく愛する。銀雨用メッセあったりします。お手紙でどうぞ。
理性□□□■◇感情
狡猾□□□■□純真
秩序□□□■□自由
計画□□□□■行動
仕事□□□□■遊び
入学理由:能力者(てかフリスペ)のいる環境に憧れた
岡・耶麻(さて私は何処でしょう)
(おか・やま)
運命予報(できない)士
『結社枠が足りない。』
明ちゃんレイナ様春美さん他若干名の背後にある残留思念。詠唱銀の振り掛け禁止。チョコと猫と幼女とノマカプと我が子をこよなく愛する。銀雨用メッセあったりします。お手紙でどうぞ。
理性□□□■◇感情
狡猾□□□■□純真
秩序□□□■□自由
計画□□□□■行動
仕事□□□□■遊び
入学理由:能力者(てかフリスペ)のいる環境に憧れた