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居城の一室

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散り逝くならばせめて

 鎌倉郊外にあるひときわ目立つ大きな屋敷。
 皆寝静まった真夜中にしかし明かりのともる部屋が一つだけあった。

 そこは、屋敷のキッチンであった。



「……よし」

 誰もいないキッチン。そこに小さく頷く小柄な少年。
 ゴム製のヘラで掬い上げた茶色の液体が滑らかに垂れてボウルに戻る。

「あとは冷やして形を整えて…」

 少年はてきぱきと慣れた手つきで作業を進める。
 寝巻きのままでエプロンを纏っている彼――いいや、“彼女”は居候兼専属パティシエという肩書きでこの屋敷に住んでいる。滞りもなく作業を進めているのも当然のことである。

 ぱたん、と冷蔵庫の戸を閉めた。
 次はコーティング用のチョコを湯煎して、と考えながら砕いたチョコの乗ったまな板に向き合う。

「……」

 ぼんやりと、彼女は粉々に砕いたチョコを見つめる。
 唐突に気がついてしまった淡い想いはしかし甘いときめきをすることなくとげとげしく胸の奥を刺している。
 焦り、苦しみ、妬み。…そして、そんな感情を抱く自分に対する嫌悪。

 意味はあるのだろうか。唐突にそんな思いがよぎる。

 はっきり拒絶されたわけじゃない。答えは明確には出ていない。
 だが、自分の中の何か――『女の勘』ってやつだろうかと思い彼女は苦笑を浮かべた――がこの想いは叶わぬのだと告げていた。
 少なくとも、自分はそんな対象に見られてはいない。彼の自分に対する態度はまるで妹――と思ったが、実際の彼の妹に対する態度を思い浮かべてそれを否定した。近い表現を挙げるならば可愛い後輩、と言ったところか。
 ともかく、自分はそんな存在と思われていないことは察していた。
 届かぬ想いに意味はあるのだろうか。告げて相手を戸惑わせるだけならいっそこのまま――

 ボーン ボーン ボーン

 時計が時刻を告げる音に彼女は我に返った。時刻を見ればそれは日付が新しくなったことを告げていた。
 2月14日――バレンタインデーになった瞬間だった。

「…迷うんじゃない」

 頭を振って彼女は呟いた。
 不確かな勘に恐れてはいけない。

 答えはまだ出ていない。それだけが唯一の救いであった。

 生まれて日も浅いヒナのような感情をぶつけるつもりはない。ただ、秘めた想いをチョコに隠して渡すだけだ。
 想いは受け取られなくても、きっとチョコだけは受け取ってもらえる。
 今はまだ、動かない足を一歩前に出すだけ。そのために眠れぬ夜に起き上がってそれを用意しているのだから。

「伝わらなくてもいい。ただ、逃げるのは性に合わないだけだ」

 自分に言い聞かせるように、言い訳のように、彼女は呟き作業を再開した。
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おか
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女性
自己紹介:
極稀に変わる偽ステシ

岡・耶麻(さて私は何処でしょう)
(おか・やま)
運命予報(できない)士

『結社枠が足りない。』
明ちゃんレイナ様春美さん他若干名の背後にある残留思念。詠唱銀の振り掛け禁止。チョコと猫と幼女とノマカプと我が子をこよなく愛する。銀雨用メッセあったりします。お手紙でどうぞ。

理性□□□■◇感情
狡猾□□□■□純真
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仕事□□□□■遊び

入学理由:能力者(てかフリスペ)のいる環境に憧れた

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