逃げないって、決めたのに。

「逃げない。オレはそう決めたんだ。」

いつも通う結社の前。自分を動かす呪文のように呟いた。
でもわかってなかった。逃げないってどんなに難しいことか。

恋なんて初めてだからどうすればいいのかなんてわからなくて。
アンタを前にしたらそんなこと考える余裕もなくて。
知らないだろ？今度こそ気づかせないように全力を出してるから。

オレは「今までどおり」を振舞うだけで精一杯なんだ。
何も言わなかったころのように。
何も気づかなかったころのように。
何も思わなかったころのように。
「何も変わらない」、そう見せるだけで精一杯。

だけど、もしかしたら聡いアンタのことだ。バレてるかもしれない。
オレ、すごく弱気になってる。
弱腰だな、って言われてむっとしたけどよく考えたら本当のことだ。
だって仕方ないだろ？
いきなり二人で出かけるなんて出来るわけがない。
誰よりも良く見られたい相手の前でみっともない食べ方なんて出来ない。
…好きな相手の前じゃ、慎重にもなる。

だから、逃げた。
ライバルである友人の同行を勧めた。
食べられると思う普通のものを頼もうと思いなおした。

…弱いな、って思った。
本当に軟弱な女心。

だけど

だけど…

それも悪くないかもしれないなんて思ってしまってる自分がいる。

今は動かず立っているので精一杯だけど
いつかはこの足が前に出る日がくると信じて。